人間関係のしがらみが多かったり、社会人として…とか、不自由が多い気がしてなりません。
体は自由なのに心が自由ではなくなった。
自分軸はめっちゃラク。でも、やっぱりどこかでブレる時があります。仕方ない、環境がかなりそういう傾向が強いから。
でも、一番は自分軸がラクなのはわかるのに自信がないことが問題だなと最近思いました。
そんなとき、ふと思ったことを今回の記事にまとめてみました。
自分主体がわがままと思われそうで怖い人へ【自分軸の保ち方】
ランダムで思ったことを書いていってます。
努力はしたいときに勝手にしてるもの
「努力しなきゃいけない」そう思っている人が多いですよね。努力しなきゃと思ってかなりの我慢を自分に強いる人もいますよね。
私は努力の正体は2つあると思ってます。
一つは、やる気という名の努力。もうひとつは、我慢の努力。忍耐とも言います。
[jin_icon_checkcircle color=”#e9546b” size=”16px”] やる気の努力
なにかを成し遂げたいと思ったら、勉強しますよね。動きますよね。
それが努力だと思います。
[jin_icon_checkcircle color=”#e9546b” size=”16px”] 我慢と忍耐の努力
特にやりたいことが決まっていなくても、先のためを思って行動しなきゃいけないことがありますよね。たとえば受験とか。先を考えてとりあえず頑張る。
この二つから言えるのは、努力なんて本当にどーにか向き合いたいと思ったら勝手に行動しているものだと言うこと。
なので、突き進みたい方に進めばいいのですっ。誰になんと言われても。
自分軸だとイラッとが少なくなる
自分の核がしっかりしているせいか、気にしなきゃいけない部分と、どーでもいい部分が分かれるんですよね。
このどーでもいい部分というのは、別に誰にどう思われても知らねーっ!
みたいな部分。
決して、疎かにしているという意味ではありません。この部分が増えると、人に左右されることも少なくなりますよね。
でも、耳を傾けなきゃいけないことももちろんある。だからバランスが大事。
せっかく自由を自由にできる環境を先人が作ってくれたんだから
帰っていいと言われたから帰ったら、グチグチ文句たれられていた。
こんなようなことが世代ギャップとしてよく耳にします。でも、私は帰って良いと思うんですよね笑
配慮は大事だけど、なんでも察して察してって甘すぎませんか?
赤ちゃんじゃあるまいし。
自由を謳えば「わがままだ、空気読めない」と言われるけど、自由を求めてなにが悪い。
自由を作るためにずっと昔から戦って来たのではないのか?
[jin_icon_checkcircle color=”#e9546b” size=”16px”] 時代はどんどん進んでいる。
今はそういう察するのが美徳で年上崇拝主義がまかり通ってるけど、それもあと50年もしたらどうなるか?
少なくとも、ゆとりと呼ばれた世代から上の世代が全員天に召される時が来たら、美徳とされていたもの(残業、会社献身、有給悪みたいなものたち)は全部時代遅れ…
──というか、跡形もなく残らなくなります。残しても価値ないですもん。
敬う気持ちは大切です。ただ、それは自発的に出るものであり、強制するものではないはずです。
よくいう親不孝ってことばも、親自身が言ったらおしまいですよね。周囲や子供の立場の人がいうならまだしも…。
そういう言葉を使ってコントロールしようとする人がいるから、年上は大嫌いとかいう人も出てくるんじゃないかと私は思うわけです。
平気で人の大切にしているものを、踏み潰していくから[jin_icon_aqua color=”#33cccc” size=”15px”]
もちろん、上下があればうまくいくかというとそうでもない。年下さんに平気で仕事のカモにされることもありますしね(笑)
ただ、親しき仲にも礼儀ありができないなら、最初から境界線が生じる年上年下とか他人身内で別れてる方が、気の使い方が明確なのでラクなだけですが。
意見と否定を区別できる
私も昔そうだったんですけど、自分と違う意見を言われると「否定された」と思ってしまうんですよね。
でも、これってかなり損なことで。
せっかく価値観を広げるチャンスなのに、喧嘩腰になってしまうんですよね
でも、自分軸が確立してる人って、あくまで自分が主軸なので話しをちゃんと聞くことができます。
そうすると、無用な争いも無くなりますし、理性的に物事が解決できるようにもなります。
少なくとも自分を制限するストレスは軽減する
自分軸で生きていると、自分のちゃんとした欲求がわかるようになります。
当たり前だけどできない人にはかなり難しい「自分で選択する」が可能です。
やっぱり自分の選択ができない、わからない人は体も心もストレスを抱えやすいです。
この社会ですから、ストレスがない人なんていないのは事実。ですが、自分の選択に関わる点においてのストレスは軽減できます。
自分勝手じゃなく調和
- 主張すればワガママといわれ
- ゆとりと言われ
- 空気読めないと言われ
- 察することができるように余計な教育と称したコントロール術をかけられる。
自分勝手じゃないよ、調和なんだよな。
主張を抑えて自分を消して従事してきた世代には、ワガママに見えちゃうかな。
思ってることを言い合わないから、余計な誤解や気苦労が生まれるんじゃないかな?
そもそも、してほしいなら「依頼する、交渉する」とかそういう解決方法は今まで誰もやってこなかったのかと問いたい。
心地よい人間関係【最適化できる】
自分軸を持つと、人間関係も最適化できます。
- どうでもいい人
- 利用してこようとしてる人
- ワガママな人
- 都合のいいときばかりくる人
- 愚痴や否定ばかりの人
こんな人達、どうでもよくなります。
だって、わたしが大切にしているのはこの人たちじゃないから。自分軸が確立しているから、関係が切れても別にどうってことない。
昔の仕事の上司とか、切りたいけど切れなかった人もいた。けれど、所詮職場の中だけの人。人生において、その人からどう思われたとしても
全くなにもない(*´ー`*)
なんでもできると思っていればいい
今退職したってコロナだから、次の就職先はなかなか見つからないよ?とか、この手の脅し文句言ってくる人いますよね。
大丈夫、その人は全知全能ではないから[jin_icon_kirakira color=”#ffcd44″ size=”18px”]
なんでもできると思っていればいいの。
なんにもできないからこそ、尻込みして進めないのなら、できると思ってトライする方が絶対進めるもん!
[jin_icon_checkcircle color=”#e9546b” size=”16px”] できなかったらソコで考える
やりたいのか、やりたくないのか。
やりたいなら、行動という名の努力が自然とできます。
やりたいから情報収集するのだって、立派な努力。なにも、精神削るのだけが努力じゃない。
そこまで動けないなら、やらなくていいっ。
それは、別にやりたいことじゃないから。
まずは動くこと!誰になんと言われても、そいつは良い時も悪い時も責任はもてないから。
人生を甘くするもスパイシーにするも本人次第
人生はそんなに甘くない
だれがそんなの決めつけたかなー?
こういう人の人生は甘くなかったんでしょうね。だからといって、他の人も同じかと言えばそうじゃない。
なぜなら、根本的に味覚だって個人差があるから♪
同じ事象でも感じ方はそれぞれなんで、この言葉を言う人には「甘くなると良いですね」と微笑んであげましょう〜。
忠告と称して可能性を潰す輩はいくつだろうと老害
なにか前進しようとすると、プラスの側面よりも過剰にマイナス面を取り上げてくる輩がいますよね。
リスクを考えることも大事。ただ、過剰に煽るのはいかがなもんかな。むしろリスクがわかったなら、こうしてみようとか対策練れば良いんじゃないかと思う。
私は心配性な方だけど、悩むより考えろ派なので、心配でウジウジ〜ってな人を見ると、後ろから押したくなっちゃいます
「あなたの事を心配して、あなたの事を思って」
うーん、自分の心配をしてくれと言いたい。結局、何度言われたところで当人が気づかなければ意味ないし。
気づくタイミングは当人次第だし。
この世には必然だけという考え方なので、引き合わせたのも何かの縁。
私も学ぶし、心配してるあなたも少しは動けよ?って意味合いで引きあったのかもしれないし♪
自由にやるからこそ、責任が持てる
自由って無法地帯って意味じゃない。
本当の自由って、自由にやるからこそ全部じぶんで責任を負わなきゃいけない。自分で決めた事だから。
だから、頑張れるし面白い。
動物園でみるライオンも迫力あるけど、やっぱり大自然の中で自分で狩りを行う姿の方が躍動感に溢れる。
それは誰に指示されたわけじゃないから。
自分軸を持って自分主体の人は他に足がついており、華やか
ここからは、時の言葉を刻んでいきます。
あまり得意じゃない人は、ここで終了〜!!
自分軸がある人には華がある
誰でも、やりたい事やってる人って少ないと思うんですよね。うん、みんながみんなやりたい事やってたら、回らないこともある。
だから、ここでいうやりたい事というのは、やりたい放題という意味ではありません[jin_icon_aqua color=”#33cccc” size=”15px”]
多少の我慢というか、踏ん張りは必要なんだけど、その中でも自分である程度納得してやってる人・言える人はやっぱり華があります。
華って、きらびやかしてるというニュアンスではなく、自分の花を咲かせている。
つまり、自分らしく輝いているという意味です。
「言いたいこと言える人はいいよね〜」って思いますよね。私自身あまり言えない方。言い方キツいから人を傷つけるので、控えているというのもあるんですけどね[jin_icon_aqua color=”#33cccc” size=”15px”]
でも、「自分軸だいじ!」と思って、言いたいこと言っていた時期があります。
[jin_icon_checkcircle color=”#e9546b” size=”16px”] 物事にはやっぱり二面性があります。
言いたいことを言えて羨ましいという側面と、それに付随するマイナスな面。
優柔不断なのか柔軟性が高いのか。
それと同じです。
でも、「別に毒舌と思われてもいいから私は言いたいわっ!」と思う人は、やっぱりある程度納得してますよね。
[jin_icon_checkcircle color=”#e9546b” size=”16px”] 仕事もそう
本当にイヤなら辞めればいい。
「イヤだけど、これは好きなんだよな」と思うんであれば続ければいい。
結局、どちらを自分で選ぶか。
自分で納得して選んで進む。
これが自分で選択する・自分軸だと思うんですよね。
自分の人生を歩む人は他に足がついている
自分で納得して選んだ人って、マイナスも含めて選んでるから多少のことじゃブレないんですよね。
そして地に足がついてる感じがします。なんでもまず考える時は自分との対話から。そうすると、他人の意見にもあんまり惑わされません。
[jin_icon_checkcircle color=”#e9546b” size=”16px”] ちょうど錨を下ろして止まってる船のようです。
錨を下ろしてるから、風が吹いても波で揺れ動いていてもその場に留まりますよね。
これは自分の価値観や精神性がしっかりしてると、そうなると思います。核となるものが決まってると、ちゃんと自分の選択ができます。
核がしっかりしていないと、人の意見に流されてしまい、自分の選択だと思っていたものが人に左右された選択だったりします。挙句不満を並べて、責任転嫁するようになります。
自分軸で進んでいる人は輝いている
やっぱりある程度飲み込んでやっている人というのは、誰でも輝いて見えますね。たとえ決められた中だとしても、その中で自分らしくいることができるからです。
加えてphraseって褒め言葉の意味もあります。
ほどほど自分のやりたい選択をしていれば、自分を褒めることが多くなります。
「まっ、ここまでできたんなら上出来よっ」
これは自分で自分を満たすことができるんですよね。他者の賛辞は必要ないからです。プラス思考にもなっていきますし、免疫もやはりアップするんですよね[jin_icon_kirakira color=”#ffcd44″ size=”18px”]
いいことずくし
自分軸だと自分の航海ができる
本当にイヤならやらない。本当にイヤなら相手に伝える。多少は飲み込んでもやっていいかなと思えるのなら、やってみる。許容範囲内であるなら、あえてスルーする。
これは自分の中の境界線を決めているからできることです。
自分の境界線や指針があるということは、航海図とコンパスを手にしていることに等しいです。まあまあアバウトでもいいんです。
持っているのと持っていないのとは違います。自分なりの航海ができるからです。
自分軸の人は住めば都化がうまい
自分軸で納得してある程度できる、許容もできる。そうなるとどこに行っても自分のペースを崩しません。
本当にイヤなら自分から離れるからです。場所も人も。
なので、結果的に住めば都化になることが多いです。
自分軸の人はトラブルをトラベルとして楽しめる
自分軸があれば自分なりのトラブル対処方法も身につきます。それは余裕があることにも等しいです。
余裕があるということは、無駄な争いを回避することもできます。
ちょうど、蛇を木で避けるように。
いつもなら口喧嘩に発展するけど、自分軸を確立させたなら、まずは交渉にも似た意見を主張するということに変わります。
今日はここまでっ!
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