生活

自分の選択が正しかったのか悩んでいる方へ【人生万事塞翁が馬です】

自分の選択が正しかったのか悩んでいる方へ【人生万事塞翁が馬です】
説明の流れ
  1. 人によって幸せや正しさが違う事を説明
  2. 正しいこと≠幸せを説明
  3. 自分軸で選択すると振り回されないことの説明
  4. 自分主体で動くのが怖い人へ。覚悟の必要性と責任を持つことの説明
  5. それでも残念な結果になるのが怖い人に、最後の言葉をおくります

何が正しい選択で、何が悪い選択だったかは人によって違う

何が正しい選択で、何が悪い選択だったかは人によって違う

正しい選択はありません。

なぜなら

  • 人によって幸せだと思うものは違います
  • 正しいと思う心も千差万別
  • 正しい=幸せではない
  • 本当の幸せはなんなのかもわからない

からです。

人によって幸せの感じ方が違う

その人にとっての幸せとは何かが分かりません。
その人が幸せな気持ちになることが幸せのか、その人にとっての状況がよくなることが幸せがなのか。これは自分にも置き換えれます。

正しさも人によって違う

例えば不倫。

妻子持ちの男性のことが好きな友人がいたとします。その友人の笑顔を見たいなら、応援すべきでしょう。
しかし、たとえ悲しんだとしても友人の将来を思うのであれば止めるべきでしょう。

正しいのは、実りもしないものに時間を無駄に費やす友人を止めてあげること――。

見方を変えればどれも正しい
しかし逆もまた然り。物事は正しいかどうかだけで判断できるほど単純ではありません。
なぜなら、そこには人や現象、そして見えない個人の感情が絡んでくるからです。

拒絶してしまえばどんな善も悪に変わります。
良かれと思ってしたことが裏目に出た。小さな親切大きなお世話にもなりうるのです。

正しいことが必ずしも幸せとは限らない

先ほどの不倫の話しに戻ります。もし、友人の実らない恋を止めたはいいけど、以下のようになったらどうでしょうか。

正しいからと言って、友人を止めたけど、その友人はそのショックでウツになった。もしくは自ら命を絶ってしまった。

こうなると何がその人の幸せなのかわかりませんね。

自分に置き換えても同じです
友人に、実りのしない恋だと止められても、そう簡単に納得はできませんね。むしろ友人を恨んでしまうこともあるかもしれません。正しいことをしてくれた友人を、です。

正しいことをされたにもかかわらず、おそらくあなたはハッピーにはなれませんよね。

何を目的にして、行動を選択できるかが大事

普段私が実践している方法をお話ししますね。

冷静ともとれるし、冷たいともとれます。するしないは自分で判断してみてください。

  1. ”そのとき”の目的を決める
  2. 目的を達成するために何が必要なのか考えて、行動する
  3. どんな結果でも、自分が決めたことと受け止める

①”そのとき”の目的を決める

私の例を出します。

コロナウイルスの影響が多いなか、とある焼き肉店に行ったときの話です。焼き肉店から、傘もささずに雨のなかを帰ろうとしていたご老人と出くわしました。そのご老人、飲酒運転をしようとしており、私はタクシーを手配。
しかし、あろうことか1周して戻ってきたようです。そのまま車に乗って危険運転をしながら発進してしまいました。そして私は警察に電話しました。

 

目的
  1. ご老人の命の危険を回避すること
  2. 危険運転による被害者が出ることを回避すること
  3. コロナウイルス患者のための病床を、ご老人の危険運転のせいで横取りさせないこと

②目的を達成するために何が必要なのか考えて、行動を選択する

目的が決まれば今度は、行動を決めます。以下、ご老人の命の危険を回避するためにした行動。

  1. 傘をかす申し出
  2. タクシーの手配

しかし、ご老人は自分の命を顧みなかったので私は目的の優先順位を変更。

変更後の目的
  1. 飲酒運転による被害者を出さない
  2. 本来重症者にいきわたるはずの病床をうめない

やった行動は以下。

  1. 車まで駆け寄ってナンバープレートを確認
  2. 警察に電話し、状況説明

③どんな結果でも、自分が選択したことと受け止める

結果は2つ得られました。

  1. タクシーにはのったけど、結局、飲酒運転をしたという結果
  2. 警察に現行犯で捕まったという結果

タクシーにのって帰ってくれると思ってたんですけど、まさか私の目の前を通って戻ってくるとは思いませんでした。

ご老人の方が一枚上手だったという事ですね。すこし悲しい気もしましたが、結果なので仕方ないです。

このご老人を思うと、警察のご厄介にはなりたくなかったと思うんですよね。

ですが、

  • 飲酒運転でご老人がケガした場合、悲しむのは娘さんだという事
  • 無関係な人を巻き込むこと
  • それによって必要な人に病床を使えないこと

上記を考慮すると、

老人に声をかけた時に、飲酒運転になるからと電話した娘に怒られたと言っていましたので、娘さんがいるのでしょう。

一番多くの人が損にならない方法が、警察に電話することでした。それに付随するリスクももちろん自分が選んだ結果だと思っています。

考えすぎかもしれませんが、ご老人による逆恨みのリスクもなくはないです。このご時世。

マスクをしていたので顔は見られてはいないと思いますが、万が一何かあったとしても、自分がやった結果なので、あまりバタバタはしません。

他人軸ではなく自分主体で選択すると、いちいち悩まない

他人軸ではなく自分主体で選択すると、いちいち悩まない

自分で決めた行動であればいちいち悩むことがなくなります。なぜなら自分でありとあらゆる可能性を考えて最善を尽くすからです。

最善を尽くして満足のいく結果出なかったとしても、それは、「その時の最善ではこの結果しか得られなかった」というデータです。

このデータは大きな学びとなり、次の策を考えるヒントになるので、いちいち悩む必要がなくなります

他人軸の選択だと不平不満、文句、後悔しか出ない

なので自分を軸にして決めた方がいいです。

わたしの焼肉屋の例もそうです。

そもそも放っておけばよかったのか。そうしたらこちらも逆恨みされる可能性はゼロだったかもしれせん。老人への落胆もなかったでしょう。老人も警察のご厄介になることもなかった。

ですが、あのときの最善を尽くしたと思っています。

飲酒運転を防げて、余計なけが人も出さず救急の手を煩わせることもなく、じいさんの命の危険も回避できた。

この事実だけで十分です。

自分で選択するのが怖い人は覚悟と責任をもとう

自分で選択するのが怖い人は覚悟と責任をもとう

自分の選択で物事を決めるのが怖いひとは、覚悟を決めましょう。
怖くなってしまう理由は、自分で責任を取らなければいけないからです。

しかし、何事にも責任は伴います。

どうせ行動するのであれば、自分が決めたことに責任を持ちたいものです。他人が決めたことに責任をもつよりも。

なので覚悟を決めましょう。

自分軸で選択することにより、正しいかどうかに振り回されない

自分軸で選択することにより、正しいかどうかに振り回されない

私の例でも説明してきましたが、自分が決めた目的のために動くことで、その選択が正しかったかどうかに振り回されることがなくなります。

正しいかどうかや、幸せかどうかの判断基準は人それぞれです。

しかし、定めた目的を遂行できたか?

という点を見れば、正しかったかどうかについて感情が揺らぐことは少なくなります。

それでも自分で選択するのが怖い人

それでも自分で選択するのが怖い人

不満足な結果になるのがイヤで動けない…というひとは、責任を伴いたくない表れです。

自由とは責任を持ったうえで満喫するものです。

残念な結果になるのが怖くて選択できないという人は、何も選択せずに何かに従った方がいいです。そういう人は自分の責任がないのでどんな結果にも文句をつけます。

文句は何も生み出しません。

選択できる人は、文句を言う暇があれば次の手段を考えます。

さて、みなさんはどちら側にいたいですか?

まとめ:自分の選択が正しかったのか悩んでいる方へ【人生万事塞翁が馬です】

誰しも自分の選択は正しかったのか、苦しみますよね。
私が生きてきた中では、正しかったのかどうかにフォーカスすることはあんまり役に立ちませんでした。

選択してしまった過去はかえられないからです。

──であれば、選択する時によりよい選択をして、あとは委ねる方が心身ともに心地良かった方が多いです。

選択とそれによって生じた結果は通過点だと考え、目的を達成できたかどうかで考えたほうが感情がふりまわされずにすみました。

誰かを軸にせずに自分を軸にしていきたい人の参考になれば幸いです。

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ウリエル
【人柄】 *回避型の女 *ネット+遠距離恋愛ののち結婚 *インドア *超OB型 【書いてくこと】 *気ままにかく *買った物のレビュー *思考関係 *経験して得た知識 【目標】 *見やすさ重視 *必要な人に必要な分だけの情報を
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